【寿宝寺/佐牙神社(京都府京田辺市)】昼と夜で表情を変える真数千手観音

京都府京田辺市に位置する寿じゅほうには12世紀に造立された千手観音がお祀りされています。

本記事では寿宝寺にくわえて、千手観音がかつてお祀りされていたと考えられるじんじゃについてもご紹介します。

寿宝寺はこんなところ

寺伝によると文武天皇慶雲元(704)年に創建され、かつては「やまもとのおおてら」と称したようです。木津川の洪水に度々見舞われて移転を繰り返し、享保十七(1732)年に現在地へと移転しました。明治初期には廃仏毀釈によって廃寺となった近隣の寺院を合併し、このとき佐牙神社の神宮寺であった恵日寺から本尊の千手観音とごうざんみょうおうこんごうしゃみょうおうが寿宝寺に移されました。

地蔵堂横の石仏

寿宝寺は木津川の西側、三山木駅近くの住宅地の東の外れに位置し、お寺の東側には田畑が広がります。かつては七堂伽藍を誇った寿宝寺ですが、現在はこじんまりとした境内に本堂や庫裡を残すのみです。

ご本尊の千手観音とニ軀の明王を安置する収蔵庫の拝観には事前予約が必要ですが、雨天時など湿度が高い日は事前に予約していても拝観できない場合がある点にご注意ください。

寿宝寺の境内を散策する

寿宝寺は住宅街の一角に位置し、非常に親しみやすい雰囲気です。

門は開放されており、境内は自由に拝観することができます。

こじんまりとした境内には、本堂と庫裏、収蔵庫、地蔵堂が立ち並びます。

本堂にはかつてのご本尊である大日如来や聖徳太子がお祀りされています。寿宝寺の聖徳太子は孝養像といい、香炉を捧げて父である用明天皇の病気平癒を祈願する十六歳のときの姿を表現しています。

地蔵堂(左)と収蔵庫(右)

収蔵庫にご本尊の千手観音と二軀の明王像が安置されており、明るい照明の下で間近に仏像を拝観することができます。

お寺発行の絵葉書
  • 十一面千手千眼観世音菩薩立像
    木造素地、寄木造、像高181cm、平安時代、重要文化財

奈良時代には実際に千の手を備えた千手観音が造立されました(これを真数千手観音と呼称します)が、平安時代に入ると千手を四十二本に代表させる経説が見られるようになり、以降はこれに則った仏像が大半となります。寿宝寺像はその作風から十二世紀後半の造立と考えられますが、当該期に造られた真数千手観音は非常に珍しく、當麻寺西さいいん(奈良県葛城市)像やかわらぜん(滋賀県東近江市)像などが僅かに知られるばかりです。

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ぶつを持たない手には墨で目が描かれ、現在でも向かって右側の下から六番目の手や向かって左側の下から九番目と十番目の手には目が確認できます。本像は素地仕上げではありますが、以前安置されていた本堂では護摩行が行われていたため、全体的に煤を被って黒くなっています。

本像の大きな特徴として、光の加減で表情と全体的な印象が大きく変化する点が挙げられます。収蔵庫の扉を開けて明るい状態で眺めると、切れ長の細い目と朱色の唇が目を引き、やや厳しい印象を受けます。ところが扉を閉めて月明かりに見立てた蛍光灯の下で眺めると、口元の朱色は消え、慈悲に満ち包容力のある優しい表情へと一変します。表情が変化するということは事前に把握していましたが、実際目にするとあまりの変貌ぶりに驚くとともに不思議な感覚を抱きました。

かつて本像が安置されていた恵日寺の観音堂は、森の中ということもあり堂内は暗かったと考えられます。そのため、千手観音を造立した仏師は暗所における姿を意図して作成したのではないかとお寺の方は仰っていました。こうした経緯もあって、寿宝寺では多くの行事が夜に実施されるそうです。

奈良国立博物館発行の絵葉書(降三世明王)
  • 降三世明王立像
    木造彩色、割矧造、像高155.1cm、平安時代後期
  • 金剛夜叉明王立像
    木造彩色、割矧造、像高155.8cm、平安時代後期
    (以上市指定文化財)

降三世明王と金剛夜叉明王は恵日寺の五大堂に伝来し、佐牙神社のすぐ南に位置する正福寺に伝わる不動明王・大威徳明王・軍荼利明王と元来一具をなしていました。このうち降三世明王と金剛夜叉明王、大威徳明王は平安時代後期に遡る一具同時制作の像であり、等身大の五大明王をお祀りするにふさわしい規模の密教寺院がこのあたりに存在したことを示唆します。ちなみに、寿宝寺の北西約5kmのところにある尊延寺(大阪府枚方市)にも平安時代後期作の五大明王(大威徳明王と金剛夜叉明王は江戸時代の後補)が伝わっています。

ニ軀の明王像は東寺講堂の五大明王の作風を受け継ぎますが、右足を高く振り上げるなど躍動感を表現します。激しい忿怒相を見せながらも、彫りの浅い衣文など穏健な作風が認められることから十二世紀後期の作と考えられています。

正福寺

かつて千手観音がお祀りされた佐牙神社

佐牙神社は敏達天皇二(573)年の創建とされ、『えんしきじんみょうちょう』に記載されている式内社です。造酒司の奉幣があったとも伝え、酒づくりの発祥と深いかかわりがあると推察されています。
(現地案内板より)

延喜式神名帳:延長五(927)年に編纂された『延喜式』の九巻と十巻にあたり、当時「官社」に指定されていた全国の神社をまとめたもの

佐牙神社は寿宝寺から南西に約1km、徒歩15分ほどのところに位置し、現在でも立派な参道が残っています。

参道を100mほど歩くと朱色の鳥居に至り、石段を上ると佐牙神社の境内です。

石段の途中にはちょっとしたスペースがあり、恵日寺の説明板が立っています。千手観音や五大明王がかつて安置されていた観音堂と五大堂はこの辺りにあったのかもしれません。

森の中の境内には拝殿と本殿、社務所が鎮座します。

一部旧材を利用して天正十三(1585)年に再建された本殿(重要文化財)は、平成十四(2002)年に屋根の葺き替えと合わせて彩色の復元が行われ、朱塗りがよみがえりました。

二棟の本殿はともに一間社春日造、屋根は檜皮葺であり、北殿(右殿)にはおのかみが、南殿(左殿)にはめのかみがそれぞれお祀りされています。

三山木廃寺跡

神社の裏手にある雑木林からは飛鳥時代後期~平安時代の瓦が多数採集されており、かつてこの辺りには寺院が存在したと考えられています。寺院名が文献等に見られないため三山木廃寺と呼ばれ、寿宝寺の千手観音や五大明王は元々この廃寺にお祀りされていた可能性もあるようです。

まとめ

葛井寺(大阪府藤井寺市)と唐招提寺(奈良県奈良市)の千手観音と並び称される寿宝寺の千手観音像。寿宝寺だけではなく、ぜひ佐牙神社もお詣りして、千手観音とニ軀の明王の足跡をたどってみてください。

寿宝寺は最寄り駅の「JR三山木駅」・「三山木駅」から徒歩5分ほど、佐牙神社は最寄り駅の「近鉄宮津駅」から徒歩7分ほどとアクセスも良好です。寿宝寺と佐牙神社は三山木駅を挟んで徒歩15分ほどの距離に位置していますので、両社寺間は徒歩で移動することができます。また、両社寺ともに少数ながら駐車場の用意がありますが、周辺は道が狭い箇所もありますので充分にご注意ください。

近くには国宝十一面観音をお祀りする大御堂観音寺があります。

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基本情報(寿宝寺)

  • 正式名称
    開運山壽宝寺
  • 所在地
    京都府京田辺市三山木塔ノ島20
  • 宗派
    高野山真言宗
  • 指定文化財
    重要文化財(木造千手観音立像)
    市指定文化財(木造降三世明王立像、金剛夜叉明王立像)
  • アクセス
    JR学研都市線「JR三山木駅」・近鉄京都線「三山木駅」から徒歩約5分
    JR三木山駅にはすべての列車が停車しますが、三木山駅は普通列車と「近鉄宮津駅行き」の急行列車のみ停車します
  • 駐車場
    境内横にあり/約5台/無料
  • 拝観時間
    9時~ 17時/収蔵庫の拝観は要予約(事前に予約してても雨天時など湿度が高い日は拝観できない場合があります)
  • 拝観料
    300円
  • 御朱印
    可(要予約)/庫裏にて
  • 所要時間
    約15分
駐車場(寿宝寺)

基本情報(佐牙神社)

  • 所在地
    京都府京田辺市宮津佐牙垣内164
  • 指定文化財
    重要文化財(本殿)
  • アクセス
    1. 近鉄京都線「近鉄宮津駅」から徒歩約7分
      普通列車と当駅止まりの急行列車のみ停車します
    2. JR学研都市線「JR三山木駅」・近鉄京都線「三山木駅」から徒歩約10分
      JR三木山駅にはすべての列車が停車しますが、三木山駅は普通列車と「近鉄宮津駅行き」の急行列車のみ停車します
  • 駐車場
    境内横にあり/約8台/無料
  • 拝観時間
    境内自由
  • 御朱印
    無し
  • 所要時間
    約15分
駐車場(佐牙神社)

参考
お寺発行のパンフレット
奈良国立博物館. 2023.『特別展 聖地南山城 展覧会図録』奈良国立博物館
東京国立博物館. 2023.『特別展 京都・南山城の仏像 展覧会図録』東京国立博物館
京田辺市教育委員会ホームページ 最終アクセス2024年5月12日