【竹田城(兵庫県朝来市)】② 寺町通りと赤松広秀居館跡

兵庫県朝来市 寺町通り
兵庫県朝来市 寺町通り
兵庫県朝来市 赤松広秀居館跡

本記事では、山麓の寺町通り・居館跡と竹田城までの登山道について詳しくご紹介します!

基本情報や見どころをまとめた前回の記事はこちら。

前回の記事

兵庫県朝来市、虎臥山の山頂に築かれた竹田城。「天空の城」として雲海に浮かぶ絶景が有名ですが、絶景だけではない竹田城の魅力をご紹介します!竹田城はこんなところ築城に関しては定かではなく、一説では山[…]

寺町通り

寺町通りは竹田駅のすぐ裏手に位置します。

兵庫県朝来市 竹田駅

こちらが竹田駅。列車の運行本数が少ないため、帰りの列車の時間を確認しておくことをおすすめします。

竹田城まで徒歩で往復し、寺町通り・居館跡を見学する場合は3時間ほど必要となります。

兵庫県朝来市 寺町通り

寺町通りには竹田城とも所縁がある四ヶ寺が軒を連ねます。

兵庫県朝来市 寺町通り

最も手前(駅側)に立つのはぜんしょう寺。再建時には竹田城の廃材と旧赤松家臣平位善右衛門の邸宅が使われたそうです(現地案内板より)。

兵庫県朝来市 寺町通り

善證寺のお隣に立つ常光寺。元は円山川を挟んだ対岸にありましたが、慶長十五(1610)年の大火で焼失し、現在地へ移転しました(現地案内板より)。

兵庫県朝来市 太田垣光景供養塔

本堂裏手の高台には初代城主太田垣光景の供養塔が鎮座します。

兵庫県朝来市 寺町通り

常光寺のお隣に立つ勝賢寺。境内には第九代城主桑山重晴の長男である一重夫妻の供養塔があります。

また、善證寺の再建に用いられたと伝わる平位善右衛門の屋敷は元々ここにあったそうです(現地案内板より)。

兵庫県朝来市 寺町通り

一番奥側に立つのが法樹寺。

現在地へ移転したのは廃城後の慶長十一(1606)年ですが、土塀には鉄砲狭間が設けられています。もしかすると陣屋として使用されていた時期があるのかもしれません。

兵庫県朝来市 赤松広秀供養塔

本堂裏手の高台には最後の城主赤松広秀の供養塔が鎮座します。

赤松広秀居館跡

虎臥山の東山麓には段丘状の平坦面が複数存在しますが、赤松広秀の居館跡、もしくは有力家臣の屋敷跡と考えられています。

兵庫県朝来市 赤松広秀居館跡

一見更地に見えますが、複数回の発掘調査によって石垣や石列が確認されています。竹田城の一部として平成二十一年度に史跡に追加指定されました。

兵庫県朝来市 赤松広秀居館跡

平坦地の中ほどには石列が確認できますが、廃城後に畑として利用されていた時期もあるため、いつの時代のものかはっきりしません。

兵庫県朝来市 赤松広秀居館跡

虎口部分と推定される出角の石垣。発展途上のものではありますが、隅部は算木積になっています。

平成十六年に台風の土石流によって築石部分が流出しましたが、資料不足のため復元は困難と判断され、崩壊した部分は植生土嚢で補われています。被災前の石垣は南北22m・東西15mに及びました。

駅裏登山道を通って竹田城へ

麓から竹田城までの登山道は、表米神社登山道と駅裏登山道の二つが存在します。所要時間はさほど変わりませんが、勾配がなだらかで比較的歩きやすい駅裏登山道をご紹介します。

兵庫県朝来市 竹田城

法樹寺の脇が登山口となります。この先はほぼ道なりであり、随所に標識も設置されているため迷うことはないでしょう。

兵庫県朝来市 竹田城

200mほど進むと登山口のゲートへ至ります。閉城時間中は施錠されており、開城時間の少し前に係りの方が開錠してくれます。

兵庫県朝来市 竹田城

なだらかな階段を150mほど登ると、登山道は本格的な山道になります。天候によっては大変滑りやすくなりますので、充分ご注意ください。

兵庫県朝来市 竹田城

さらに500mほど登ると料金所に到着します。入城受付より先にトイレはありませんので、トイレはこちらでご利用ください。

兵庫県朝来市 竹田城

受付を過ぎると竹田城はもうすぐそこです。

次の記事では、北千畳から本丸まで詳しくご紹介します。

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本記事では、竹田城の北千畳~本丸について詳しくご紹介します!前回までの記事はこちら。[sitecard subtitle=前回の記事① url=https://www.masktomoe23.com/takeda[…]