神奈川県横浜市、静かな住宅街に佇む證菩提寺。
収蔵庫には穏やかな相貌の阿弥陀三尊像がお祀りされています。
證菩提寺はこんなところ
『吾妻鏡』によれば源頼朝が石橋山の戦いで若くして討ち死にした佐奈田義忠の菩提を弔って建久八(1197)年に建立したとも、旧梵鐘銘によれば文治五(1189)年に義忠の父岡崎義実によって義忠の菩提堂が建立されたことに端を発するとも伝わります。
このあたりはかつて岡崎氏が治める山内庄という広大な荘園でしたが、義忠の子実忠が和田合戦(1213年)に際して和田義盛に与して戦い、滅亡したことにより、山内荘は北条義時の所領となりました。『鶴岡八幡宮寺社務職次第』によると、義時の嫡男泰時によって文暦二(1235)年に證菩提寺境内に「本郷新阿弥陀堂」が建立されました。
その後の変遷は定かではありませんが、次第に寺勢は衰退し、新阿弥陀堂は頽廃したようです。
(『横浜の仏像 展覧会図録』より)
岡崎義実:相模の豪族三浦氏の流れを汲み、嫡男義忠とともに源頼朝の挙兵に応じて側近となり、御家人に列した。
かつては七堂が立つ広大な境内を誇った證菩提寺ですが、現在はコンパクトな境内に本堂と庫裏、収蔵庫を残すのみです。なお、本堂内と収蔵庫内にそれぞれ安置されるご本尊の阿弥陀如来と阿弥陀三尊像の拝観には事前予約が必要です。
阿弥陀三尊像は2023年に剝落止めなどの修理が施され、「令和5年度 横浜市指定・登録文化財展」にて公開されました。本記事では当展覧会の写真を交えながら、證菩提寺をご紹介します。
證菩提寺の歴史を物語る二軀の阿弥陀如来
お寺は閑静な住宅街の一角に所在し、朱色の表門が参拝客を出迎えます。
境内の中心には本堂が西面して立ち、その右手に収蔵庫が、左手に庫裏が鎮座します。
證菩提寺には重要文化財に指定されている阿弥陀三尊像とは別にご本尊の阿弥陀如来が伝来し、本堂にお祀りされています。
- 阿弥陀如来坐像
木造(檜)漆箔、玉眼、寄木造、像高85.8cm、嘉禎二(1236)年頃?、県指定文化財
ご本尊の阿弥陀如来は冒頭でご紹介した新阿弥陀堂に纏わる仏像と見られており、その発願は北条泰時の息女小菅谷殿であることが複数の資料から確認されています。その像容は本像の約20年前(1215年)に造立された願成就院(静岡県伊豆の国市)の阿弥陀如来と酷似しますが、證菩提寺像は簡略化された脚部の衣文や上げ底式内刳を用いない点など全体的に素朴な表現が目立ちます。
また、同じく泰時が造立に関与したとみられる北条寺(静岡県伊豆の国市)の阿弥陀如来は独特な着衣様式や抑揚のある衣文を表しますが、證菩提寺像と北条寺の差異は興味深いポイントです。
重要文化財に指定されている阿弥陀三尊像は収蔵庫に安置されています。
- 阿弥陀如来坐像
木造漆箔、寄木造、像高112.9cm、安元元(1175)年頃、重要文化財
脇侍台座の寛永十二(1635)年の銘記に「三尊像が造像より460年前経過し、破損したため修理した」という旨が認められたため、異説も存在するものの、寛永十二年より460年遡った安元元年の造立と考えられるようになりました。一方で、安元元年と当寺の開創とされる文治五(1189)年との間には14年の隔たりが存在するため、三尊像が證菩提寺のご本尊として造立されたとは考えにくいのが実情です。では三尊像はどのような経緯で證菩提寺にやってきたのでしょうか。
『吾妻鏡』には岡崎義実が源頼朝の父義朝の菩提を弔うために、かつて義朝の居館があった鎌倉亀谷に仏堂を建立していたと記されています。頼朝が文治元(1185)年に勝長寿院を建立して義朝の供養をとげると、義実によって建立された義朝菩提堂の存在意義は薄れ、そこにお祀りされていた三尊像は義実が新たに建立した嫡男義忠の菩提を弔う證菩提寺へご本尊として移坐されるようになったと想定されます。また、頼朝もその造営に協力し、頼朝による開創といわれるようになったのでしょう。
(以上 『横浜の仏像 展覧会図録』 より)
中尊の阿弥陀如来は穏やかな相貌の丸顔やゆったりとした余裕を感じさせる佇まいが印象的であり、典型的な定朝様の仏像と比較するとややスリムな造形や浅く刻まれた衣文は平安時代後期の特色をよく表します。
また、定印を結ぶ阿弥陀如来の両脇侍として合掌する勢至菩薩と蓮華を捧げる観音菩薩をお祀りする形は平安時代最末期にあらわれた過渡期的なものだそうです。
- 勢至菩薩
木造漆箔、割矧造、像高105.3cm、安元元(1175)年頃、重要文化財
- 観音菩薩
木造漆箔、割矧造、像高105.8cm、安元元(1175)年頃、重要文化財
まとめ
平安時代後期と鎌倉時代初期、それぞれの時代の特色をよく表し、またお寺の歴史を今に伝える二軀の阿弥陀如来がお祀りされる證菩提寺。仏像の拝観には事前予約が必要ですので、ご希望の方はお電話でご予約のうえお詣りください。
公共交通機関でお詣りされる場合は「大船駅」または「港南台駅」からバスに乗車のうえ「稲荷森」で下車、徒歩3分ほどです。また、門前には計10台ほど駐車可能な駐車場が用意されています。
基本情報
- 正式名称
五峯山證菩提寺 - 所在地
横浜市栄区上郷町1864 - 宗派
高野山真言宗 - 指定文化財
重要文化財(木造阿弥陀如来及両脇侍)
県指定文化財(阿弥陀如来坐像) - アクセス
- JR東海道線/湘南モノレール「大船駅」から神奈川中央交通08「金沢八景駅」行き、または09「みどりが丘東」行きで「稲荷森」下車、徒歩約3分
- JR根岸線「港南台駅」から神奈川中央交通36「上郷ネオポリス」行き、または82「桂台中央」行きで「稲荷森」下車、徒歩約3分
- 「港南台駅」から約1.8kn/徒歩約25分
- 駐車場
境内前にあり/約10台/無料 - 拝観時間
要予約 - 拝観料
志納 - 御朱印
可/庫裏にて - 所要時間
約15分
参考
横浜市歴史博物館. 2021. 『横浜の仏像 展覧会図録』 横浜市歴史博物館