京都府木津川市、山間の小さな集落に佇む神童寺。
ユニークな尊容を表す天弓愛染明王や波切白不動など多数の平安古仏が残されています。
神童寺はこんなところ
寺伝によると、聖徳太子によって創建された当初は神童寺ではなく大観世音教寺と号し、太子自らが彫刻した千手観音菩薩がご本尊として安置されていたと伝わります。後に役行者が来山し、除災招福を祈願して自ら彫刻した蔵王権現像を奉納し、ご本尊としてお祀りすることになります。「北吉野山」という山号からも推察できるように、役行者の来山以降は長らく山岳修験の聖地として栄えました。
平安時代後期以降は度々戦乱に巻き込まれ、治承四（1180）年には平資盛の兵火を被り全山消失しますが、源頼朝の寄進によって建久元（1190）年に一度は再興されます。しかし、元弘元（1331）年の兵火によって再び伽藍を焼失し、現在の本堂が応永十三（1406）年に再建されました。
（お寺発行の冊子より）
京都府の南端に位置する木津川市は古くから南都とのつながりが深い地域であり、木津川流域とその周辺の旧街道沿いには浄瑠璃寺や岩船寺、海住山寺をはじめとする多くの古刹が点在します。神童寺は鷲峰山に連なる山並の南西端に位置し、コンパクトな境内には本堂と庫裏、護摩堂が立ち、収蔵庫には数多くの平安古仏が残されています。
また、神童寺は桜やミツバツツジの名所としても知られ、例年3月末から4月初旬にかけてライトアップイベントも開催されています。
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境内を散策する
境内は以下の通りです。
見るものを圧倒する蔵王権現
長閑な集落に溶け込むように佇む表門と石段が神童寺の目印です。
下草が緑を添える石段と小振りながらも存在感がある門構えは筆者好みの景観です。
表門（市指定文化財）は本瓦葺切妻造の薬医門であり、鯱と鬼の飾り瓦があしらわれています。
門前の通りは山城と伊勢を結ぶ旧伊勢街道であり、かつてはお伊勢参りへ向かう参詣者でにぎわった様相が偲ばれます。
門越しに眺める旧街道はとても趣があり、どこか昔懐かしさを感じさせる景観です。
青々とした草木に覆われた境内には穏やかな風が吹き、暑いながらもとても心地よくお詣りすることができました。
境内の中央に本堂が東面して立ち、本堂の北側に護摩堂と庫裏、背後の高台に収蔵庫と鐘楼を配します。
庫裏で受付を済ませると、最初に本堂をご案内いただけます。
本堂（蔵王堂）は応永十三（1406）年に再建され、現在は国の重要文化財に指定されています。
本堂は桁行三間・梁間四間、本瓦葺、寄棟造で三間の向拝（本堂前面の張り出した部分）が附されたお堂であり、お堂正面の蔀戸が印象的です。
軒裏は地垂木と飛燕垂木がともに角形の二軒繁垂木となっており、組物は出三斗です。
装飾が少ない簡素な造りが特徴であり、側面の前方一間を蔀戸、後方二間を塗壁とし、中備えとして間斗束あしらわれています。
- 蔵王権現立像
木造彩色、像高270cm、室町時代
須弥壇上にお祀りされている蔵王権現像まで少し距離はありますがよく拝観することができます。
現在のご本尊は室町時代の作とされ、現本堂の復興と同時期に建立されたと考えられます。役行者が奉納したと伝わる当初像は平安末期、あるいは鎌倉末期の戦禍によって失われてしまったのでしょう。
右足を高く上げ、右手で三鈷杵（密教法具のひとつ）を振り上げるなど躍動感が存分に表現され、険しい相貌と像高270cmという巨体は見るものを圧倒する存在感を発します。
ズラリと並ぶ平安古仏！
収蔵庫へつづく石段の途中には大小様々なお地蔵さまが鎮座し、このうち大型の二軀は室町時代の作だそうです。
収蔵庫の前には護摩壇が組まれ、毎年9月には無病息災・増益敬愛を祈願して、護摩焚きが行われます。
- 愛染明王坐像
木造（檜）彩色、寄木造、像高64.5cm、平安時代後期、重要文化財
通形の愛染明王は六本の腕を持ち、そのうち二本の手に弓と矢をそれぞれ持ちます。一方、神童寺像は弓に矢をつがえ天を狙う姿勢をとる点が非常に珍しく、天弓愛染明王と称されます。この姿は『金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇教』の「衆星の光を射るが如き」という記載に基づいたものとされ、同様の作例は金剛峰寺（和歌山県高野町）と放光寺（山梨県甲州市）にのみ現存します。
- 不動明王立像（白不動）
木造彩色、寄木造、像高162.1cm、平安時代後期、重要文化財
神童寺に伝わる諸仏の中で彫刻として最も出来がよいと思われるのが不動明王であり、お寺では波切不動と呼ばれています。波切不動とは弘法大師が留学先の唐より帰国する際に海上で見舞われた嵐を沈めたという不動明王のことですが、特に決まった図像があるわけではありません。
頭髪を先端の尖った巻髪とし、通形の不動明王に見られる弁髪がないのが特徴であり、両眼を見開いて正面を見据え、上側の歯をむき出しにして下唇をかみます。上半身には衣装を纏わず、下半身に纏う裙は大きくめくり上げられ、両膝をあらわにして直立します。こうした特徴は波切不動の作例として著名な高野山南院の不動明王ではなく、園城寺（滋賀県大津市）の黄不動と一致します。
ご紹介した愛染明王と不動明王のほかにも収蔵庫には下記の仏像が安置されていますので、ぜひじっくりとご覧ください。
- 日光菩薩立像
木造彩色、一木造、像高162.4cm、平安時代前期 - 月光菩薩立像
木造（檜）彩色、一木造、像高171.5cm、平安時代後期
日光・月光両菩薩は作風の違いから本来は一具ではないことがわかります - 毘沙門天立像
木造（檜）彩色、寄木造、像高124.2cm、平安時代 - 不動明王立像（白不動）
木造彩色、寄木造、像高162.1cm、平安時代後期 - 阿弥陀如来坐像
木造漆箔、寄木造、像高137cm、平安時代後期 - 鬼瓦
（以上重要文化財） - 木造役行者像 附前鬼・後鬼像
木造彩色、像高（役行者像）90cm、（前鬼・後鬼像）69cm、室町時代
収蔵庫が立つ高台からは神童子の集落を一望することができ、春には桜とミツバツツジに彩られた見事な光景が楽しめます。
まとめ
バラエティに富んだ多数の平安古仏を有し、明るく開かれた雰囲気が素敵な神童寺。浄瑠璃寺や岩船寺といった南山城を代表する寺院にお詣りされたことがある方にこそぜひお詣りいただきたいお寺です。
最寄り駅の「棚倉駅」からは徒歩35分ほどと少し遠いため、「祝園駅」・「新祝園」からタクシーを利用するのも一手です。お寺周辺の道路が細いため、お車でお詣りの方は充分ご注意ください。
白鳳時代の金銅仏釈迦如来（国宝）をお祀りする蟹満寺が神童寺から4kmほどのところに位置しますので、こちらもぜひお詣りください。
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基本情報
- 正式名称
北吉野山神童寺 - 所在地
京都府木津川市山城町神童子不晴谷１１２ - 宗派
真言宗智山派 - アクセス
- JR奈良線「棚倉駅」から2.7km／徒歩約35分
電車は30分に1本、みやこ路快速は停車しません - JR学研都市線「祝園駅」、近鉄奈良線「新祝園駅」からタクシーで約15分
祝園駅にはすべての列車が停車しますが、新祝園駅には特急列車が停車しません
- JR奈良線「棚倉駅」から2.7km／徒歩約35分
- 駐車場
門前にあり／約5台／無料 - 拝観時間
9:00～17:00 - 拝観料
500円 - 御朱印
可／受付にて - 所要時間
約20分
参考
お寺発行の栞・冊子
奈良国立博物館. 2023.『特別展 聖地南山城 展覧会図録』奈良国立博物館