【不退寺(奈良県奈良市)】五大明王がお祀りされる在原業平ゆかりの古刹

奈良県奈良市 不退寺 本堂
奈良県奈良市 不退寺 紅葉
奈良県奈良市 不退寺 多宝塔

奈良県奈良市、東大寺転害門から西大寺へ至る「佐保路」に位置する退たい

在原業平ゆかりのお寺には、聖観音菩薩や五大明王をはじめとする貴重な仏像や“単層”の多宝塔が残されています。

不退寺はこんなところ

平城天皇が譲位した後に当地に隠棲し、造営した萱葺きの御殿、通称「萱の御所」が不退寺の始まりだと伝わります。平成天皇の皇子である阿保親王とその第五子である在原業平も平成天皇の後を継いで萱の御所で暮らしました。在原業平が伊勢神宮に参詣した際に授かったご神勅を契機として、自ら聖観音を彫刻し、阿保親王の菩提を弔うとともに、萱の御所を不退転法輪寺と号し、仁名天皇の勅願所となります。

その後は南都十五大寺の一つとして隆盛を誇ったものの、時代の推移とともに衰微します。明治に入りついには無住となりましたが、昭和五(1930)年に参詣し、その窮状を見聞した久邇宮邦英王によって国庫補助金が下ることとなり、本堂と南門の解体修理が実施されました。
(お寺発行の栞より)

奈良県奈良市 不退寺 紅葉

不退寺は東大寺転害門から平城宮跡を経由して西大寺へと連なる佐保路に位置し、境内には本堂と多宝塔が佇みます。本堂にはリボンを身につけた聖観音菩薩や五軀揃って現存する五大明王など貴重な仏像がお祀りされています。

在原業平の命日にあたる毎年5月8日の業平忌には本堂内に業平像を掲げてその遺徳を偲ぶとともに、真言八祖の絵が描かれた多宝塔が開扉されます。

境内を散策する

紅葉が彩る美しい境内

奈良県奈良市 不退寺 南門

かつての一条通り(現県道104号)から北へつづく細い参道を100mほど歩くと、立派な南門が見えてきます。

奈良県奈良市 不退寺 南門
南門(重要文化財)

南門は本瓦葺、切妻造の四脚門であり、鎌倉時代末期に建立されました。

奈良県奈良市 不退寺 南門

四本の方柱(門扉が取り付けられていない柱)の間に設けられた面にはかえるまたが、中央の冠木上にはおいがたがそれぞれあしらわれています。

奈良県奈良市 不退寺

境内の中央に本堂が南面して立ち、その東側に多宝塔と庭園、西側に庫裏を配します。

奈良県奈良市 不退寺 庫裏
庫裏
奈良県奈良市 不退寺 石棺

庫裏の北側には全長2.7mにも及ぶ大きな石棺が鎮座します。こちらの石棺はお寺の西方の平塚古墳付近にて発見され、表面に残る凹凸は草刈を行う付近の住民が鎌を研いだ痕だといわれています。

レンギョウや椿、カキツバタなど四季折々の花も不退寺の見どころの一つですが、本記事では紅葉が見頃を迎えた11月下旬の境内の様子をいくつか掲載します。

奈良県奈良市 不退寺 紅葉
奈良県奈良市 不退寺 紅葉
奈良県奈良市 不退寺 紅葉
奈良県奈良市 不退寺 紅葉

リボンを身につけた聖観音と五大明王

奈良県奈良市 不退寺 本堂
本堂(重要文化財)

本堂は南北朝時代から室町時代前期の建立とされ、桃山・江戸・昭和と三度の修理を経て現在に至ります。

柱間三間のの四方にひさしがついた「さんげんめん」と呼ばれる古代建築に用いられた形式と、内陣と外陣を格子戸で区切る中世密教仏堂の特徴をあわせもちます。

奈良県奈良市 不退寺 本堂

本堂は桁行五間・梁間四間、本瓦葺、寄棟造のお堂であり、正面三間をさんから、その両脇をれんまどとし、両側面は塗壁とします。

奈良県奈良市 不退寺 本堂

軒裏はだるえんだるがともに角形のふたのきしげたるとなっており、組物はみつ、中備えとして間斗束があしらわれています。

奈良県奈良市 不退寺 聖観音
お寺発行の絵葉書
  • 聖観音菩薩
    木造(広葉樹)彩色、一木造、像高191cm、平安時代、重要文化財

寺伝によると聖観音菩薩は在原業平の作とされ、全身に施された胡粉による白い彩色と頭部にあしらわれた存在感のあるリボン状の宝冠が目を引きます。宝冠や光背、両手足と台座は後補ですが、じょうはくてんを含めて一材から彫り出し、背中からうちぐりを施してふたいたをあてています。

奈良県奈良市 不退寺 聖観音
奈良国立博物館発行の調査資料

ところで、不退寺の聖観音(以下不退寺像)にはかつて一具であったと見られる仏像が存在することをご存じでしょうか。

その仏像というのは不退寺のすぐ近くに位置する瑞慶寺に伝来し、セゾン現代美術館(長野県軽井沢町)の所有を経て、2009年に文化庁が買い上げた後に奈良国立博物館の所蔵となった観音菩薩(以下奈良博像)です。奈良博仏像館の第7室によく展示されているので、見たことがあるという方も少なくないかと思います。

不退寺像が左に、そして奈良博像が右に腰を捻ることから、両像は三尊像の両脇侍であったと想定されます。

奈良県奈良市 不退寺 聖観音
奈良国立博物館発行の調査資料

全身が白く彩色された不退寺像と表面が摩耗し、彩色がない奈良博像は一見似つかないように見えますが、細部を観察すると大変よく似た造りになっていることがわかります。例えば、髻の形状や耳のうえで渦巻くびんぱつ、天冠台の意匠は瓜二つであり、脛部の意匠の抑揚も酷似しています。

不退寺像は2022年に彩色の剥落止めや矧目の修繕などの保存修理が実施され、修復完了後の2023年3月から5月にかけて奈良国立博物館にて両像が一対になって展示されるという機会がありました。筆者も両像を見比べて、「なるほど、細部までよく似ていてたしかに一具の仏像であったんだな」と実感できましたが、現在の尊容が大きく異なるため、不退寺像とと奈良博像が別々に展示されていると両像が一具であったとは気づかなかったと思います。

奈良県奈良市 不退寺 五大明王
お寺発行の絵葉書
  • 降三世明王立像
    木造(檜)彩色、寄木造、像高150cm、平安時代後期
  • 不動明王坐像
    木造(檜)彩色・玉眼、寄木造、像高85.7cm、鎌倉時代後期
  • 金剛夜叉明王立像
    木造(檜)彩色、寄木造、像高146cm、平安時代後期
  • 軍荼利明王立像
    木造(檜)彩色、寄木造、像高158cm、平安時代後期
  • 大威徳明王坐像
    木造(檜)彩色、寄木造、像高145cm、平安時代後期
    (すべて重要文化財)

鎌倉時代以前に造立された彫像の五大明王が五軀揃って現存する例は大変貴重であり、東寺講堂像(京都府京都市)や瑞巌寺五大堂像(宮城県松島町)、明王院五大堂像(神奈川県鎌倉市)、桑戸不動堂像(山梨県笛吹市)など全国的にも数例しか知られていません。なかでも不退寺像は東寺講堂像と並んで、常時拝観が可能な数少ない五大明王です。

玉眼が嵌入されていることからも判断できるように不動明王は鎌倉時代の作ですが、ほかの四軀は平安時代後期の作と推定されており、不動明王のみ当初像が失われて現在の像が補われた可能性もありそうです。動勢をあまり示さず、穏やかな尊容の四軀は平安時代後期以降の明王像の特徴をよく表す一方で、不動明王は厳しい相貌であり、どっしりとした安定感のある作風です。

初層のみが現存する単層の多宝塔

奈良県奈良市 不退寺 多宝塔
多宝塔(重要文化財)

一般的な多宝塔は二層構造ですが、不退寺の多宝塔は単層です。明治から大正時代の中頃まで無住寺となってしまった不退寺は荒廃し、その時期に老朽化した多宝塔の上層が取り払われてしまったのです。

奈良県奈良市 不退寺 多宝塔

現存する方三間の初層は中央間を板唐戸、両脇をれんまどとし、高欄のない廻り縁を配します。

なお、多宝塔と地面との間に設けられた饅頭型の白い隆起はかめばらといい、水はけをよくし基礎を保護することを目的とした構造です。

奈良県奈良市 不退寺 多宝塔

軒裏はだるえんだるがともに角形のふたのきしげたるとなっており、組物は三斗出組、中央間にのみ中備えとしてかえるまたがあしらわれています。

まとめ

女性的な雰囲気を纏う聖観音菩薩や五軀が揃って現存する五大明王がお祀りされる不退寺。東大寺や興福寺が位置する市内中心部からのアクセスも良好であり、四季折々の花を楽しむことができる筆者もお気に入りのお寺です。

公共交通機関でお詣りする場合は、「近鉄奈良駅/JR奈良駅」と「大和西大寺駅」を結ぶバスを利用する、あるいは「新大宮駅」から徒歩で向かうことになります。

国宝十一面観音がお祀りされる法華寺、天平時代に建立された五重小塔を有する海龍王寺など佐保路には魅力的なお寺が多く点在していますので、佐保路を歩いてこれらの社寺をお詣りされるのもおすすめです。

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奈良県奈良市 不退寺

基本情報

  • 正式名称
    金龍山不退寺
  • 所在地
    奈良県奈良市法蓮町517
  • 宗派
    真言律宗
  • 指定文化財
    重要文化財(本堂、南門、多宝塔、木造聖観音菩薩立像、木造五大明王立像)
    県指定文化財(木造阿保親王坐像)
  • アクセス
    1. 近鉄奈良線「新大宮駅」から1.1km/徒歩約15分
    2. 近鉄奈良線「近鉄奈良駅」、関西本線「奈良駅」から奈良交通14系統「大和西大寺駅」行きで「一条高校前(不退寺口)」下車、徒歩約5分
    3. 近鉄奈良線「大和西大寺駅」から奈良交通14系統「JR奈良駅西口」行きで「一条高校前」下車、徒歩約5分
  • 駐車場
    門前にあり/5台/無料
  • 拝観時間
    9:00~17:00
  • 拝観料
     大人高校生・中学生小学生
    通常時500円300円200円

    特別展
    (春季3/1~5/31、秋季10/1~11/30)

    600円400円300円
    業平忌(5/28)700円500円300円

    ※団体(20名以上は50円引き)

  • 御朱印
    可/庫裏にて
  • 所要時間
    20分
奈良県奈良市 不退寺 駐車場
駐車場

参考
お寺発行の栞
奈良国立博物館発行の調査資料
奈良国立博物館. 2022.『なら仏像館 名品図録』奈良国立博物館